カテゴリー「ウェブログ・ココログ関連」の8件の記事

2011年8月21日 (日)

がんばろう東北!

2011年3月11日。
日本は東北地方を中心に未曾有の大地震と大津波に襲われました。
連日ニュースで流れる被災地の映像の中には、
私が少年時代を過ごした陸前高田や石巻などの惨状が映し出されていました。
5か月を経過して大半の瓦礫が除去された今でも、
大災害の爪痕は深く刻まれたままです。
中でも陸前高田の被害は甚大で、本当に一つの町が消滅していました。
風光明媚な松林と海水浴場で有名だった高田松原海岸は、
父に連れられて私が初めて海に接した砂浜でしたが、
地盤が2メートルほども沈下したことで、海岸線はたぶん100メートル以上
内陸側に移動してしまい、異様な光景を呈していました。
昭和40年生まれの同級生にも被災された方々がいらっしゃると思います。
いまの私に出来るのは取るに足らないことばかりですが、
それでも第二、第三の故郷である東北の町が一日も早く復興されることを
願わずにはいられません。
がんばろう東北。心から祈っています。

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2011年4月14日 (木)

今治名物 焼豚卵飯

今治ネタ、その2です。
鹿児島で今治出身の同僚から聞いて、かすかに記憶に残っていた今治名物が
この焼豚卵飯。
松山から高速で今治市内に入ったのがお昼前だったので、ラーメン屋をiphoneで
検索して「今治処しおさい食堂」に直行、で即注文。
ラーメンも焼豚卵飯も、シンプルなんだけど後引きの美味しさでした。
まだ食べたことない方はぜひどうぞ。リピートしたくなる味です。

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今治ラーメンはこちら ↓

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2011年4月 4日 (月)

文学といで湯の街、松山

異動発令から早やひと月、引っ越し荷物も何とか片付いて、
どうにか日常生活がスタートいたしました。
市電で10分足らずの道後温泉に、この4日間で3回も通ったおかげで、
効果的に疲れが抜けてきました。
まだ仕事のペースは全然ですが・・・(^^;
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2011年3月25日 (金)

3月は別れの季節

転勤が決まった3月の時間は、ふだんより早く流れていく感覚があります。
あっという間に最終週を迎え、毎日はいつも以上に忙しいんですが、
思い残すことは余りにも多く・・・。
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それでも3月31日を境にして、全く違う環境での生活が否応なく始まっていく。
転勤族の生活というのは、ある意味不思議なもんです。
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今まで当たり前のように見てきた景色が、これからは残りの人生で何度出会えるか
分からないものになるわけです。
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そして4月1日からは新しい出会いが待ちうけていて、
偶然であり必然でもあるその出会いはまた、自分の人生に何らかの影響を
与えていくことでしょう。
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新しい出会いの前に、かならず越えなければならない峠。
3月はそんな別れの季節です。
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さあ、来週はいよいよ新任地へ旅立ちます。
いよいよです、いよいよ・・・。
これが最後のヒントです。
では、ファイナルアンサーを、どうぞ。(誰が?)
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2011年3月22日 (火)

荷造りほぼ完了

三連休で引っ越し準備もなんとか目途が立ち、ほっと一息・・・。
といきたいとこですが、やはり異動時の3月は暴力的に忙しいです(ToT)。
30日に荷出しを済ましたら、翌日にはもう新任地に向かいますから、
平日ベースで残り5日しかない!
まあ、どうしても終わらなかったものは後任に託すしかないんですけど、
少しでも負担を軽くしてバトンタッチしたいですからね・・・。
鹿児島に来るときはインフルエンザに罹ってしまい、そのしわ寄せで
最終日はほとんど徹夜。もうろうとした状態で飛行機に乗ったのを思えば、
今回はまだマシかも。
さて、肝心の赴任先ですが、個人的には日本の原風景があると感じている
瀬戸内海に面した県庁所在地、というのが2番目のヒントです。
(誰も興味ないって?)

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2011年3月13日 (日)

東北太平洋沖地震 ~心よりお見舞い申し上げます~

超巨大津波がこれほど恐ろしいものとは・・・。
五百年あるいは千年に一度という大地震がもたらした自然の脅威は、東北地方を中心に想像を絶する被害を与えました。被災地の一日も早い復興を祈るばかりです。

壊滅状態となった陸前高田市で幼稚園から小学校前半を過ごし、卒業したのは石巻小学校、大学時代は両親が気仙沼市に住んでいました。
就職後の転勤で八戸市に四年間住んだこともある私にとっては、テレビから流れる各地の被災映像のほとんどが身近なものに思えて胸が痛みます。
同級生や恩師、仕事でお付き合いのあった方々が無事であることを願っています。
宮城県に住む両親を心配してメールをいただいた皆様、ありがとうございました。

爆発的噴火を続ける霧島連山の新燃岳を目にしたときにも、抗いがたい自然の力を思い知らされましたが、今回の地震と津波は余りにも大きい衝撃でした。

<爆発的噴火前の新燃岳>
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<現在の新燃岳>
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2009年3月 8日 (日)

スーパー銭湯「いろはの湯」でリフレッシュ

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昨日は休日出勤。 最近は週休1日以下になってるなぁ・・・。 仕事は山積みなんですが、疲れもたまってきたので、今日は鹿児島市南部の東開町にある「いろはの湯」という銭湯に行ってじっくりとお湯に浸かってきました。 ほんとは栗野岳温泉南州館に行ってみようと思ったが、ちょっと気合いが足りず・・・
鹿児島市内の温泉(銭湯)は入浴料がほとんど360円。 いろはの湯はいわゆるスーパー銭湯のジャンルに入る規模で、ヒーリングサウナや御食事処まで備えていて、ここが360円で入れるのはかなりお得です。
ちょっぴり贅沢をして全身マッサージ45分コース(3,000円也)を追加オーダー。 気持ち良くていつの間にか眠ってしまいました(^^;
入浴&マッサージでリラックスした後は、床屋に行き髪をカット、さらに久しぶりにゴルフ練習場に足を運んで100球ほど打ってから帰宅したので、充実した(?)休日になりました。

上の写真は先日買ってきたパキラです。 800円はちと高いかなと思いましたが、あまり手間がかからずに育て易そうなのと、葉っぱがプチ南国風で好みだったので、連れて帰ってきました。 観葉植物には癒し効果があるらしいです。

2008年12月13日 (土)

明日、いよいよ「篤姫」最終回 ~ ロケ地の風景

幕末もの大河ドラマとしては驚異的な視聴率を残している「篤姫」、いよいよ明日の放映が最終回となりましたね。 ここ最近、大河ドラマにはまって、「功名が辻」、「風林火山」と連続でほぼ全ての放送を視てきましたが、「篤姫」もかなり面白く、毎回ホロッとさせられたりしながら、一気に最終回まで来てしまいました。
「篤姫」のロケ地に使われた4か所の写真をアップしてみます。

<1> 指宿市・知林ケ島 (少女時代の篤姫がよく遊びにいく薩摩の海)
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<2> 鹿児島市・磯山公園 (桜島が見える丘)
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<3> 鹿児島市・石橋記念公園 (薩摩藩城下の石橋)
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<4> 鹿児島市・仙巌園 (肝付尚五郎が歩く薩摩藩城下の石段)
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少女期の篤姫と、肝付尚五郎(小松帯刀)や西郷・大久保らとの交流を伏線にしたことによって、幕末の動乱を分かり易く描いたことに加え、尚五郎の篤姫に寄せる想い、篤姫が大切にした「家族」の絆や温もり、波乱に満ちた人生の局面で篤姫が見せる決断など、実に見所の多い作品に仕上がっていると思います。 来年の「天地人」も楽しみです。

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